韓流四天王と呼ばれた男たちを語る

イ・ビョンホン主演作

韓流四天王も今や死語に

日韓関係が拗れるに拗れたところまで来てしまった現在、今となっては韓流などと口にする人は少なくなってきている。ただ筆者の母は今でも何かとケーブルテレビで放送されている韓流ドラマを見ているという。何が面白いのかと尋ねると、『現実離れし過ぎてドロドロと見応えがある。 日本のテレビドラマよりもずっと面白い』と断言したのだ。それについては納得が出来る部分もある、日本のドラマはここのところ軒並み低視聴率の波に煽られて、かつてはテレビ業界最大手だったフジテレビの凋落も有名な話。どうして人気を失った、というよりは『人気を失わせていった』といった方が適切な言葉かもしれません。

韓流ブームなどと騒がれたのも今から12年前になる、その頃は韓流というよりは韓国に対して何かしら含むところを持たなかった人も多かったはずだ。ただその後の展開で異常なまでに韓流という名の文化が強調されて嫌になったと感じるようになったのも、結局はフジテレビという存在が原因を作ったと見るほうが適切かもしれません。

今は昔、な話になってしまった韓流ブーム。当時はそんな韓国の芸能界で活躍するイケメン俳優、美人女優が大勢日本に来日し、両国間を盛り上げていた。そこまでなら良好だったのに、一体何がどうしてここまで関係が拗れてしまったのか、何だか悲しくなってしまいます。そんなかつてのブームメントで日本独自に流行した現象があります。それは『韓流四天王』なるものの登場だ。2004年にブームの立役者として活躍した韓国の男性俳優の事を指している。知らない人もいると思うので誰がいるのかというと、

  • イ・ビョンホン
  • ペ・ヨンジュン
  • チャン・ドンゴン
  • ウォン・ビン

上記4人のことだ。ちなみにこの韓流四天王なる呼び方は日本の同様に韓流を愛する人達にしか通じない言葉だ。くれぐれも知らない人、興味のない人の前で言わないように気をつけよう。

そんな四天王ですが、現在はどのような活躍をしているのでしょう。またこの4人の中で誰が現在も勢力的に活躍しているのか、と聞かれたら間違いなく『イ・ビョンホン』の名を挙げなくてはならない。既にハリウッド映画デビューも果たし、韓国のみならずアメリカでの本格活動を行っており、あのアーノルド・シュワルツェネッガーさんとも共演を果たしているほど。

まずは目覚ましい活躍を続けているイ・ビョンホンさんが2012年主演した『王になった男』について触れていこう。

王になった男 概要

韓流ブームと呼ばれた12年前、それまで栄光という栄光に包まれていなかったイ・ビョンホンでしたが、現在ではハリウッドを拠点として活動する、今や国際スターとしての一面を持ち合わせている。俳優としてもステップアップした彼が主演した、韓国映画である『王になった男』という作品も記憶に新しいところ。実際に存在した朝鮮王の史実を元にして作り上げられた今作は、権力争いのために道化師でありながらもやがて誰もが魅了される、真の王へと成長していく1人の男の物語だ。

イ・ビョンホンが一人二役を演じるのは王でありながらも影武者として表舞台に立たされる道化師役を熱演している。ただ格好いいだけじゃない、白熱極まる演技に女性たちはうっとりと魅了されるはずだ。そんな王になった男とはどんな内容で展開していくのか、まずはそのあらすじから簡単に紹介していこう。

あらすじ

1616年、李氏朝鮮第15代王、『光海君』は暴君として恐れられていたと共に、権力争いの果てに自身が暗殺されてしまうのではないかと日々恐怖していた。心労がたたり、光海君は病床に臥せってしまい、そんな彼の影武者として立てるために道化師として腐敗した権力を風刺していた『ハソン』を光海君に仕立てることが、重臣たちの間で取り決められる。

突如として王の身代わりにされたハソンは与えられた役を忠実以上に演じきる、その姿に忠臣たちを始め、正妻である王妃すら偽物ではないかと疑うほどに奇妙な変化ぶりだった。しかしやがてそれらの疑惑は光海君への絶対的な信頼へと変貌し、ハソンもまた光海君を本人以上に演じきる中で、本当の意味で王になるために決起する。自分のようなものでも民のために出来ることがあるのではないか、そう考えるようになった。道化師として社会を風刺し続けた自分でも役に立てる、そう思っていたものの、彼の願いは様々な障害によって阻まれてしまう。

歴史上における光海君とは

イ・ビョンホンは劇中は主役として光海君並びに彼の影武者となるハソンとの一人二役を演じています。ただの庶民だった男が似ているからというだけで王に仕立てられるも、本当に自分ができることはないかと考えるようになっていくという展開だ。この展開について考察していくと、韓国史における光海君への扱い方が関係しています。それは彼が実際の史実において『暴君』として廃位されているからだ。

それは極端な粛清と悦楽に興じる堕落ぶりが嘲笑されている、第10代燕山君と同じようにだ。ではどうして暴君扱いかというと、それは光海君が庶子かつ次男だったことが関係している。父である第14代王宣祖は世継ぎには長男で嫡流を立てたいと考えていたものの、正室との間に子供はおらず、自身も庶孫だったことから光海君を仕立てるつもりはなかった。だが長男の臨海君は気性の激しさ故に王として相応しくないと、光海君にせざるを得なかった。その後日本による出兵などで国内情勢が乱れる中で、ようやく継室・仁穆王后との間に正室筋の男子が誕生したのだった。

しかしその頃には光海君は既に立派な参謀として活躍しており、荒れる国内の体制を整えるとともに日本によって侵略された跡の復興に尽力した功績もあった。それなのに自分を王としないことに不満を覚え、父である宣祖はその後病魔によって他界してしまう。この時もまだ世子を決めなかったことから光海君は臨海君並びに、弟で王に据えられるはずだった永昌大君を謀殺し、仁穆王后も幽閉することで王位を盤石たるものに仕立てあげたのです。

こうしたことから彼は暴君として、王となるためには親兄弟であろうと情けは勝てないと、そう解釈されていました。

実際のところは

劇中ではこうした点から光海君の変貌ぶりを強調するように、当人が病魔に冒されて体裁を保つために影武者を立て、その影武者が本物の王とは何かを考えて追求していくようになるとしたのです。ですが近年、原点である光海君が『暴君』と呼ばれている点にも不審な点があると唱えられたのです。

史実には即位後、国内体制をより安定させるために活躍し、さらに一度は戦端を繰り広げた日本とも国交回復に努めるという活躍を見せた。また明から援軍を求められてきた際にもそのころ台頭していた後金の存在を危惧するなど、状況判断と先見の明に優れていたと思わせる。

だからこそ、こうした暴君と呼ばれているには燕山君のような放蕩さは歴史書には見られなかったことから、映画では影武者だったのではと1つの仮説を元に脚本を記していったのでしょう。現在では光海君は名を残す‘暴君’ではないという見解も強く、彼の素性についてはいまだ議論が続けられているのが現状だ。

なにげに名作

歴史的認識が改められている光海君を見事に演じたイ・ビョンホン主演の『王になった男』、こちらは韓国映画史において歴代に名を残す興行成績で大ヒットを記録した。イ・ビョンホンのファンはもちろん、暴君と蔑まれた王が実は賢王だったのではないかという説も登場する中で見ると、また違った視点で作品を楽しめるかもしれません。

韓流四天王と呼ばれた男たちを語る